Aug 05, 2010

赤外線タイプの防犯カメラ

監視カメラの活躍の場とあれば、やはり日が多くなっています。家に泥棒が侵入している時間帯も朝が非常に多くなっているんです。それで夜に活躍することができる監視カメラが重要です。その夜に活躍できるタイプとある場合は、赤外線タイプがあります。には、月の光がない時にもしっかり撮影できるのでお勧めです。
電車での痴漢行為が後を絶たないようだ。そんな私は、痴漢などに遭ったことがないが。それは置いといて、痴漢被害が後を絶たないため、列車の監視カメラを設置することになったようだ。もちろん、インストールすると、多くの痴漢被害は減るだろう。しかし、そのような公共の場で、女性の体を触る変態は、監視カメラに撮られたのかさえスリルと感じそれすら興奮の材料でしまいそうだ。
 1989年に52歳で亡くなった国民的歌手・美空ひばり(本名・加藤和枝)さんの二十三回忌メモリアルコンサート「だいじょうぶ、日本!〜空から見守る 愛の歌〜」が11日、東京ドームで開催された。東日本大震災復興のチャリティー公演として、郷ひろみ(56)、五木ひろし(63)、近藤真彦(47)、EXILE、AKB48ら22組のアーティストが出演。88年、ひばりさんが伝説の不死鳥コンサートを行った会場で「真赤な太陽」、「お祭りマンボ」などの名曲、30曲以上を熱唱した。

 “不死鳥”ひばりさんが、23年ぶりに東京ドームに帰ってきた。生前、親交があった郷ひろみ、五木ひろしだけでなく、ゆず、AKB48、司会の徳光和夫氏(70)、藤原紀香(40)ら、15歳から79歳まで世代を超えた全22組が集結。震災被災者への“応援歌”として、ひばりさんの名曲を次々と歌い継いだ。

 冒頭、ひばりさんをイメージしたスポットライトが、外野方向からステージに続く100メートルの花道をゆっくりと照らした。88年4月11日、ひばりさんが東京ドーム公演のラストで去っていった花道。同じセットを組み、ひばりさんが帰ってきたように見せる演出に、4万5000人のファンから大歓声が沸き起こった。

 AKB48は真っ赤な衣装で「お祭りマンボ」を披露。花道を駆け抜け、映像の中のひばりさんに歌い継いで“共演”だ。出演したメンバー16人中11人は、ひばりさんが亡くなった89年以降に誕生。1991年生まれの高橋みなみ(20)は「ひばりさんの歌は、とても勉強になりますし、生きる人たちに『もっとひばりさんを知りたい』と思うきっかけになってくれればうれしい」と呼び掛けた。

 家族ぐるみの親交があった郷は赤ジャケット姿で「真赤な太陽」を熱唱。「素のひばりさんは、めちゃめちゃチャーミングだった」と言い、「存命だったら、間違いなく先頭に立ってコンサートを企画され、歌の力で復興を応援したことと思います。外から見守っていてください」と話した。また、近藤は約30年前のテレビ番組でひばりさんに「おばさん、歌うまいね」と話しかけたエピソードを照れ臭そうに披露した。

 フィナーレでは全員で「川の流れのように」を大合唱。“元祖三人娘”の雪村いづみ、同郷・横浜市磯子出身のゆずら多くのアーティストが、昭和の歌姫に届け、とばかりに、声を張り上げた。今回の収益の一部は復興支援金として寄付される。

 ◆体調不良で出演取りやめ ゆきりん&さしこ この日のコンサートに出演予定だったAKB48の柏木由紀(20)、指原莉乃(18)が、いずれも体調不良のため出演を取りやめた。代役として秋元才加、阿部マリアがステージに立った。関係者は「指原は微熱で、いずれも大事をとって」と説明。柏木は12日に幕張メッセで行う「風は吹いている」劇場盤発売記念大握手会も欠席する。

 ◆ひばりさんの東京ドーム公演 87年4月、両側大腿(だいたい)骨骨頭壊(え)死と慢性肝臓病、ひ臓肥大に侵され、公演先の福岡で倒れて5か月間入院したひばりさん。その後、米ハワイなどで静養し、88年4月11日、復活コンサートとして東京ドームを舞台に選んだ。楽屋に医師、看護師を待機させた状態で、5万人を前に全39曲を熱唱。フィナーレでは足の痛みに耐え、100メートルの花道を歩いた。「再起不能」とまでいわれたが、不死鳥のようによみがえった歌声に日本中が感動した。

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 歌手の松任谷由実(57)が11日、宮城・仙台サンプラザで全国ツアー「Road Show」(40都市73公演、動員17万3000人)の最終公演を行った。10、11日にわたった仙台での2公演では、特別にファンと「春よ、来い」を合唱し、その声をレコーディング。東日本大震災復興企画として今月30日から配信する。「皆さんの、私たちの春が早く来ますように」と、ユーミンは被災地の一日も早い復興を願った。

 興奮気味に語り掛けた。「ようやく、ここでやることができます! 日本中を回って、ようやくたどり着きました。今日はどんなことがあってもベストなステージをお送りしたい」。東日本大震災からちょうど8か月。オープニングのあいさつでユーミンが語りかけると、仙台のファン2000人は大歓声で応えた。

 当初は4月29、30日に予定していた公演。しかし、震災の影響で仙台サンプラザの天井のボードが落下、鉄骨は損傷。会場が使用できなくなり、一度は公演を中止にした。7月に会場が復旧したことで、ツアーの最後に再度、公演を組んだ。本人が熱望した半年遅れの仙台公演。いつも以上に声を振り絞った。

 被災地のファンのため、特別な“プレゼント”も用意した。震災のチャリティー企画として、5月からヒット曲「春よ、来い」をファンの歌声と共に再録音、有料配信しているが、その第2弾として、仙台の観客のコーラスをライブ録音して加えたものを30日から配信することになった。10、11日の2日間、計4000人のファンとアンコールで大合唱した。ユーミンの粋な計らいに、涙を流しながら、「春よ来い、早く来い」と歌うファンもいた。

 震災当日の3月11日、今ツアーのリハーサルに初参加する予定だった。「私たちは何もできず、やめることすらできず、ただ黙々とリハーサルを重ね、ツアーはスタートしました。いまだにそれが正解だったのか、私には分かりません」と振り返りながら、「でも、私個人はやってよかった!」と声を張りあげた。そして、観客に向かって「本当に勇気をありがとう。必ずお返しします。また会いましょう」と再訪を約束した。

 ◆来年は帝劇でコラボ!? 〇…10日のステージでは、男性のコーラスが来年のユーミンの予定について、「帝国劇場でお芝居とコラボレーションします」とサプライズ発言。本人が慌てて「フライングだから!」と制した。一部で報じられたNHK紅白歌合戦出場については何も語らず、所属レコード会社は「現段階では水面下も含め、交渉もしていない」と白紙を強調した。

 ◆春よ、来い 1994年10月24日に発売した26枚目のシングル。間奏中に童謡「春よ来い」の「春よ来い、はやく来い」の部分がコーラスで入っている。同名のNHK連続テレビ小説主題歌として、100万枚を超えるヒットを記録した。音楽教科書だけでなく、国語教科書にも掲載。神戸新聞社が今年行った「阪神大震災時に励まされた歌や曲」アンケートでは最も多くの支持を集めた。

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